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紫色の月光

紫色の月光

第十九話「イシュの天才科学者」

第十九話「イシュの天才科学者」



 エリックと狂夜は中国のとある小さな病院の中にいた。インターネットの裏掲示板によると、この病院にイシュの天才科学者、ノモアが居ると言う事なのだが、此処で彼らは一つの問題に直面していた。

「……ノモアの病室って何処だ?」

「さ、さあ?」

 彼らは一番先に調べておくべき事を調べないで来てしまっていた。それこそ泥棒失格の様な気がする。
 普通なら受付で聞けばいい話なのだが、ノモアと言えば自分で新聞にイシュの科学者だと載せて世間を騒がせた変な男だ。そんな男に会いにきたといったら確実にイシュのメンバーだと疑われるだろう。それはエリックと狂夜のプライドが許さないのだ。

「ま、一室ずつ地道に開けていきゃあ何とかなるだろうよ」

 エリックが気楽に言うが、この病院は小さいと言っても人口密度ナンバー1の中国の病院である。RPGゲームでは大きめな建物には数部屋しかないと言うパターンが大抵だが、現実は違う。軽くそれ以上はあるのだ。

「地道ってエリック。時間かかることを……」

 横で狂夜が呆れながら言うと、エリックは早速とでも言わんばかりに目の前の病室のドアノブに手をつけた。

「まあいいじゃねぇか。偶にはこんな微妙な冒険心を満たすのもまた、楽しみってモンよ!」

 そう言うと同時、彼は勢いよくドアを開けた。
 だが、其処から見る事の出来たであろう静かな空気は一つの激しい音によって見事に打ち砕かれた。

 何故か全身マッチョなゴツイ男が肌の大部分を露出させて、しかも奇妙な形の眼鏡を付けた状態で鞭を振るいまくっているのである。その矛先が向けられる先にいるのは同じく肌の大部分を露出して、何故か両手を手錠でロックされている男である。

「お~ほっほっほ! そんな事では好きな人が女王様だった時に対応できなくってよ!」

 鞭を持った男が裏声で言う。どうやらまだ固まっているエリック達に気付いていないようだ。
 そのまま鞭を床にばしん、と叩きつけながら男は言う。

「良い事!? 折角私がわざわざ病室をシチュエーションに合わせる為に借りてきてあげたんだから絶対貴方はランクアップしないと駄目なのよ!」

「はい、先生!」

 全身鞭で叩かれた為か傷だらけの男は鞭で再び叩かれつつも何処か幸せそうな顔をしていた。正直危ないと思う。と言うか、ストレンジゾーンを飛び越えてデンジャラスゾーンに陥っているこの空間は一体なんなんだろうか。
 そう思ったエリックと狂夜だったが、此処で重要な事実に気付いた。あの変態はまだこちらの存在に気付いていない。ならば危険な矛先が近づく前に全て見なかった事にすればいいのだ。

「さて、鞭を振るっていたら疲れちゃったわぁ……後ろの二人の新入生! 5分で体力回復するからそれまでに天井に縛られて置きなさい!」

 前言撤回。普通に気付かれていた。

 こうなったらもう全てを封印して逃げるっきゃない。そう思ったエリックは顔全体に汗を流した状態のままドアを静かに閉めた。
 そして何事も無かったかのように、

「よし、狂夜。張り切っていくか!」

「うん、やっぱそういうときはフォビ丼に限るよね! 僕、日本から持ってきてるんだ」

「お、気が利くな。それじゃあ一旦外出て昼飯にするかー!」

 わざとらしい会話である。
 しかし次の瞬間、先ほど開いた扉の奥からまるで闘牛が突進してくるかのような轟音が響いてきた。

「………」

 何となく嫌な予感がしたエリックと狂夜は凍りついた笑顔で扉を見る。それと同時、扉から鞭を持った先ほどのゴツイ露出狂の変態が物凄い勢いで飛び出した。

「待たんかワレェェェェェェェ!!!!!」

 その恐ろしい形相の前に思わずエリックと狂夜は悲鳴をあげてしまった。何と哀れな。何処か同情できる。

「逃がさないわよ新入生……! この部屋に入り込んだのが運の尽きだと思いなさい!」

 凄まじい迫力のオーラを身に纏いながら男は鞭をびしっ、と二人に叩きつける。 どうでもいいが、この男が付けている名札にはピンクの可愛らしい字で『びびあん』と書かれている。

「うわああああああああ!! コイツは最終兵器、リーサル・ウィップなのかぁ!?」

 エリックは突然の事で混乱していた。

「そんなの僕は知らないよぉぉぉぉぉ!!!」

 そしてそれは狂夜も同じである。
 哀れ、普段怪盗として美術館や銀行の恐怖の代名詞と化している二人は一匹の野獣に追いかけられた。

「うおおおおおおおおおお!!!」

 エリックと狂夜がハモりながらダッシュした。全速力で、チーターもビックリするほどのスピードで、だ。それほど今の二人の身体能力は常識を覆していた。

「お待ちなさぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」

 そしてそれを野獣は追った。全速力で、ハヤブサも驚きそうなほどのスピードで、だ。それほど今の彼の身体能力は常識を覆していた。
 何とも恐ろしい光景である。

「くそ、奴めまだ追ってきやがる!」

 今、エリックは史上最強の敵と相対していた。あのネルソンと相対した時より、更にはマーティオが狂った時、そしてあの竜神と戦った時以上の恐怖感に包まれているのである。

「こうなったら最終手段だ! 狂夜、こっちを向けぇ!」

 すると、エリックは素早い動きで狂夜の眼鏡を外した。それと同時、狂夜の目つきが一瞬にして鋭くなり、髪の毛が逆立つ。更にはオーラまでもが違う。毎度お馴染みの狂夜本気モードである。

「頼んだぜ狂夜!」

「応!」

 そう言うと、不敵な笑みを見せて狂夜はびびあんに向かう。その眼には何者も恐れない確かな自信があった。その狂夜の迫力を受けてか、びびあんは立ち止まる。

「あら、貴方私の授業を受けたいわけ?」

 一体何の授業なんだ、とエリックは思った。そしてくねくねするんじゃねぇ、とも思う。

「………ふっ」

 しかし、狂夜はその恐るべき怪物を前に涼しい鼻笑いをするだけであった。

(すげぇ! 動じてない!)

 エリックはこの時、狂夜に何か憧れにも似た強い敬意を抱いた。そしてそれは周囲にいる痛い視線を送ってくれる患者や医療関連の皆様もまた同じであった。
 こうなった狂夜は何処か物凄い。

「やい、怪物。この我が貴様を17分割にしてしんぜよう」

 そう言うと、彼はリーサル・ソードを取り出してその切っ先を怪物、びびあんに向けた。その恐るべき怪物はやはり腰をくねくねさせて気持ち悪い運動をしているが、その脅威は変わりないわけである。

「あらん、この私を17分割ですって? そんなこれ以上の美人になったらどうしてくれるのよ、もう!」

 だが、怪物はやっぱり気持ち悪い動きでとんでもない勘違いをしているようだ。と言うか、この自信の根拠は一体なんなんだろう。

「キョーヤ、あの化物は異常だ!」

 エリックは寒気を感じて思った事をそのまま言った。

「分っている! あんな化物を何時までも野放しにしておくと非常に危険だ!」

 全く持ってそのとおりである。特に病院内であるだけあって余計に危険なのだ。患者の皆さんへ悪影響を及ぼしかねない。

「あら、言うじゃなぁい。私を此処まで細菌兵器扱いしたのは貴方達が初めてだわぁ」

 この台詞を聞く限り、びびあんは自分でも案外自覚があるのかもしれない。

(勝負は如何なる時でも一瞬の油断が命取り! 常に細心の注意と心構えを持ってして望まねば……!)

 狂夜がぎらりと目を光らせると同時、びびあんは何かを感じ取ったのか、背筋を震え出した。かなり気持ち悪い。

「ああ、いや。そんな目で見られたら……お兄さんいけない事しちゃうわよ!?」

 びびあんの目が赤く光りだした。それは正に狂戦士と化した怪物の姿に他ならない。ハッキリ言って邪悪なオーラが漂っていた。

「いかん、キョーヤ! 奴はバーサーカーモードに突入した!」

「応! ならば受けよ必殺の……!」

 狂夜がエリックの言葉に反応してソードを振り回しながらびびあんに突っ込んでいったと同時、びびあんも鞭を振るいだす。

「さあさあ本日のメインイベントのお時間です!」

 ぴし、と鞭で床を激しく叩きつけると、彼はそのまま狂夜に向かって突っ込んでいった。
 お互いに一撃の必殺技で決めるつもりなのだ。
 
 しかし次の瞬間、狂夜とびびあんの脳天に鉄拳が炸裂した。それは一撃の名のもとにおいて狂夜とびびあんを気絶させ、彼らの暴走を許さない。

「いい加減にしなさい! 此処は病院ですよ!」

 そしてそれを行ったのは他ならぬ外見年齢40程のオバサン従業員な訳だが、この光景を見たエリックは思った。

(あのオバサン、只者じゃねぇ!)

 そしてその後、彼は頭から煙を出しながら倒れている狂夜を担いでその場を離れたと言う。
 余談だが、びびあんは生ゴミとして処理するように、とエリックはオバサンに言った。因みに、オバサンはこれを了承したと言う。





 中国のとある取調室。此処ではハイジャックを犯した団長がネルソンによって取調べを受けていた。聞きたいことといえばやっぱり『動機』である。何と言っても乗客していた全員が彼らの犯行であると認識しているのだから真犯人を見つけるとかそういうのはしなくてもいいわけだ。

「よし、弘志。俺は回りくどい真似は嫌いだから率直に言うぞ。お前の目的は何だ?」

 しかし、そのネルソンを前にして団長こと弘志は動じずに言い返す。

「馬鹿め、俺がそう簡単に言うと思うのか」

 実は半分意地になっていた。逮捕されて尚ここまで抵抗しようとはいい度胸なのだが、やっぱり限度があると思う。

「やはりそう来るか。ジョン、例のブツの用意を」

「はい、警部」

 すると、ネルソンの合図でジョンがバッグを取り出した。これはネルソンが日本から持ってきたバッグである。

「弘志よ、いかにお前でもこのネルソン様の秘密兵器の前では赤子も同然。今、それを思い知らせてやろう」

 そう言うと、彼はバッグからある物を取り出した。それはどういうわけか金色に光り輝く、

「……マイク?」

 団長は呆気に取られたように言う。一体ネルソンはこれを使って何をするつもりなのだろうか。

「行くぞ! これぞこのネルソン・サンダーソン警部の秘密兵器その5『ゴールデンマイク』だぁ!!」

 ネーミングがそのままだな、とジョンは思った。
 そして同時に思った、ポチは本当に『秘密兵器その4』の名が付いてしまった、と。

「ジョン、ミュージック用意だぁ!」

 ネルソンが力強く言ったと同時、ジョンは溜息をつきながらも何故か取調室にセットされているラジカセのスイッチを入れた。
 それと同時、まるで何処かのヒーロー番組のようなノリで音楽が流れ始める。

「な、何を始めるつもりなんだネルソン!?」

 この状況からして大体の見当はつくのだが、団長こと本名弘志は聞かずにいられなかった。

「決まっているだろう! 今度発売予定の『ポリスマンの歌』をこの場で歌うのだ!」

「何で取調室でそんなモン急に歌いだすんだお前!?」

 団長の妥当なツッコミにもネルソンは怯まない。我が道を行くとは正にこの事であろう。毎度の事ではあるのだが。
 と言うか、『発売予定』の単語にツッコミを入れないところを見ると相当動揺しているようだ。

「何を言う!? この歌は地球全人類に愛と希望と勇気を与える為に作られた曲なのだ! 例え悪が相手でも、これを聞かせなければならない!」

 此処で団長とジョンは思った。これって質問の回答になってるのか、と。しかしネルソンはイントロが終わると同時、何処か満足そうな顔で歌い始めた。

「地球に降りそそ~ぐ悪の意思~♪ 絶望の支配する中『奴』は現れる~♪」

 何かありがちな歌詞だな、と団長は思った。しかし此処で何故か一気にテンポが上がりだす。

「24時間正義の為に戦い続け! グレート、パワード、ファイナルとなってはバナナを食らいエネルギー補給! そんな奴の名は!?」

 此処でネルソンはどういうわけか耳をラジカセに傾ける。直後、子供達の声がラジカセから響いた。

『ポリスマン!』

 まさかコレの為にわざわざ録音してきたのかこの男、と団長は思った。何て暇人なんだろう。
 だが、実際に録音してきたのは最早ネルソンのパシリとしか言いようがないジョンだったりする。やっぱり彼は苦労人だ。

「受けろ必殺スーパーナッコォ! 轟く閃光はポリスブラスター! 轟けーポリィ-スメェーン………負けるな!」

 その直後、ラジカセから響いてくる子供達の声とハモらせながらネルソンが叫んだ。

『ポリィースメェェェェェェン!!!!』

 その直後、ラジカセから流れてくる音楽が停止した。
 これこそが後に発売されるポリスマンの歌の初披露であった。

 作詞、ネルソン・サンダーソン
 作曲、ジョン・ハイマン
 編曲、ジョン・ハイマン
 歌、『我等がポリスマンと東京都ちゃんばら幼稚園の皆』

 こんな感じで殆どジョン任せという、素人が作った曲なのだが、歌を歌うネルソンとちゃんばら幼稚園生の魂が篭ったこの作品にCD会社の人は惚れてしまったと言う。
 そしてそんな魂の曲は確かに団長のハートにも届いていた。その結果、彼は動機を吐いてしまったのだ。
 
 目立ちたかった、と。






 病院内で、エリックと狂夜は見るからに怪しい一つの病室を見つけた。扉の前に見るからにお邪魔なイメージの男が門番のようにいるのだ。これで怪しむなと言う方が無理な話である。

「……よっしゃ、今度はあそこに入り込むぜ」

 そしてそんなお邪魔な連中が居ればエリックのチャレンジ精神に火がつくと言う物だ。長年泥棒をやっている為なのか、悲しい性である。

「でもさ、どうやって入り込むの?」

 狂夜の疑問も最もだ。流石に病院内だけあるので先ほどみたいな騒ぎは出来るだけ避けたいと言うのが本音である。でないとノモアに会えないまま放り出されるのがオチだ。

「なーに、面会者と称して行けば問題ないだろう」

 そう言うとエリックはビニール袋と林檎を持って扉の前に居る男に近づく。しかし、此処で狂夜は思った。

(でも、もしもあの男がノモアの病室を守っているとしたら……無意味なんじゃないかな?)

 全く持ってその通りだったりする。
 さり気無く男に話し掛けたエリックは軽く追い返されてしまったのだ。しかも5秒も経たないうちに、だ。

「あ、いいじゃないかこのケチリンボ! ちょっとくらい会わせてくれたってさ!」

「駄目だ! 病室内には病人が居るのだ。貴様の様な害虫に合わせてやる義理はない!」

 害虫、と言う単語にエリックの眉がぴくりと反応する。
 純粋に怒りを感じてしまったエリックの耳元に悪魔の囁きが響く。続に言う『悪いエリック』という奴だ。

『おい、エリック! いいのかこんな雑魚に侮辱的な言葉を言われて! いいか、お前の持っている林檎を今すぐ奴の顔面に放り投げてやれ! 復讐だ、逆襲だ!』

 ばい菌イメージの格好をした悪いエリックがエリックの耳元で『殺っちまえコール』を上げている。
 しかしその反対方向の耳に天使のような格好をした、先ほどの悪いエリックとは対をなす『良いエリック』が降臨してエリックの耳に囁いた。

『早まってはいけませんエリック!』

 やはり良いエリックは悪いエリックとは正反対の事を言ってきてくれる。
 だが、これは最初だけだった。

『いいですかエリック。正確に、そして慎重に狙いを定めてから殺るのです。避けられては意味がありません!』

 これの何処が『良い』なんだろうか、とツッコミを入れてきてくれる人はいない。
 ただ、一つだけ言えることがあるとしたらやはり良いエリックも此処まで侮辱されたら怒ると言う事である。

「……………」

 エリックはまるで何かに取り付かれたかのような無表情な顔で袋の中から林檎を取り出すと、それを力強く握る。

『そぉーらエリック! ぶっ殺せ!』

『今です。殺るのですエリック!』

 耳元で囁く二人のエリックの『ぶっ殺せコール』に後押しされたエリックは躊躇なくそれを目の前に居る男に投げつけた。

「エリックダイナミックスマッシャー!」

 しかも技名付である。

 しかしその右手から放たれた林檎は野球の剛速球ピッチャーも真っ青なスピードを叩き出して男の顔面に直撃した。
 これには男もたまらずに、

「ぐはぁ!?」

 と言うカッコイイ悲鳴を上げながら床に倒れるしかなかった。
 不幸な事に男はこの衝撃によって前歯が2本ほど抜けてしまったのだが、そんな事はエリックにはどうでもいいことである。

「よし、邪魔者は消えた! 行くぞキョーヤァっ!」

 その妙な迫力の前に、狂夜はただ黙って頷くしかなかった。
 最近忘れがちだが、エリックもやはり常識が色々とズレているのである。




 病室内は不気味なほどに静まり返っていた。まだ太陽が出ているので室内は全体的に明るいが、これが夜だったらまるで肝試しにでも来ているかのようである。

「…………」

 そしてそんな静かな病室の中にはイシュの天才科学者と言われた男、ノモアがいた。
 まだそんなに年を老いている訳でもないのに妙に弱弱しく思える。ベッドに力なく横たわっているのだから余計にそう見えてしまうのだ。

「よ、あんたノモアだな」

 そしてそんなノモアの前に二つの影が現れた。エリックと狂夜のコンビだ。

「誰だ、お前達」

 ノモアは不機嫌そうな目で二人を見る。
 しかし、エリックたちが取り出した物を見て彼は仰天した。最終兵器のランスとソードである。

「よ、理解してらえたかなイシュの天才科学者さんよぉ」

 エリックが何処か勝ち誇ったような顔で言う。

「そうか、君達が報告に聞いた最終兵器の持ち主か。……で、何の用だ?」

 すると、エリックは率直に用件を切り出してきた。

「イシュって組織について聞きたい。……一体あの組織は何のために動き、何の為に最終兵器を使おうとしているのか」

 しかし、このノモアもイシュの兵器を作り出した男には違いない。そう簡単に話してくれるだろうか。

「いいだろう」

 だが、当初の予想とは違ってあっさりと彼は承諾した。
 コレには逆に二人が何故、と問うてしまう。

「何、単に疲れただけだよ。……それに俺はもう長くはない。最後の話し相手が出来て嬉しい限りだよ」

 さて、と前置きを置いてからノモアは続けた。

「先ずは何について聞きたいのかな? 話せる範囲ならば答えよう」

 では、先ずはとでも言わんばかりに狂夜が口を開く。

「イシュって何なのでしょうか? 今まで様々な場所を襲撃していますが、その意図がさっぱり分りません」

 ふむ、とノモアは頷いた。

「そうだね。確かにあの組織は色々とややこしいのだが………簡単に言えば『未来から来た組織』になる」

「―――――は?」

 その言葉を聞いた瞬間、彼らは世界がひっくり返るかのような衝撃を覚えた。

 しかし心当たりがないこともない。
 あの竜神が施したテレポート機能なんかまさにそれだ。今の時代では見たことすらない。見たとすれば精々アニメやゲームくらいだ。

「イシュのメンバーはリーダーのウォルゲム・レイザムを始めとした未来人で構成されている。まあ、勿論他の歴史から彼がスカウトした人物も居るがね」

 ノモアや猛もその一人である。彼らはこの時代の人間なのだが、ウォルゲムに能力を見込まれてイシュとして行動するようになったのだ。

「それじゃあよ、その話が本当だとして何で未来からこの時代にやって来た?」

 その疑問も最もだ。やはり来たからには何らかの理由があるはずである。

「君達は宇宙人の存在を信じるかな?」

 ノモアの口から発せられた言葉に思わずエリックがびくり、と震え上がる。宇宙人といえばあのわけの分らない三人組を連想させるからだ。

「……もしかして」

「そう、宇宙人が襲来して地球を占領するんだよ。……しかしウォルゲムは彼らに対抗する手段を見つけ、そしてそれを実行する為にこの時代に来た」

「実行するならその未来でやればいいじゃねーか」

 エリックがそう言うと、ノモアは静かに首を横に振った。

「それが出来ないんだよ。……彼の考えた宇宙人への対抗手段は二つあり、最初の一つは未来では絶対に実行できないことだった。……宇宙人を呼び寄せた人物の抹殺。それも呼び寄せる前だから絶対に出来ない」

 その言葉を聞いたエリックは思わず青ざめる。何故かと言うと心当たりがあるからだ。

「その人物が宇宙人を呼び寄せてしまわないウチに……つまり子供の内に殺すと言うのが最初の彼の計画だった。しかし結果は失敗した事が最近判明した。その宇宙人の宇宙船を発見したからね」

 それは街を全壊してエリックごと殺してしまおうと言う計画だったのだろう。
 しかし翔太郎に拾われて生きていた彼はそのまま彼のもとで成長し、今に至り、そしてノリで未来を最悪の方へと追い込んでしまったわけである。

「最初の計画が失敗した今、彼はもう一つの計画を実行に移そうとするだろう。保険にしては大きすぎるがね」

 ノモアの言葉に強い責任感とショックを感じたエリックはそのまま狂夜と共に彼の言葉に耳を傾ける。

「それは大量の生贄を捧げる事で降臨する邪神の復活」

「ちょっとタンマ」

 しかし、其処までノモアが言ったと同時、エリックは手で制した。

「宇宙人まではいいとしようじゃねぇか。だがその邪神とやらは俺でも信じられねー」

「悪いけど僕も同意見です」

 すると、ノモアはふむ、と何か考え込んだ。
 それから数秒としない内に彼は再び口を開いた。

「君達は何故最終兵器が作られたと思う?」

 不意に、彼は予想だにしなかった事を言い出した。しかしエリックと狂夜は答える事が出来ない。
 ニックの話だと、確かに最終兵器は古代都市の兵器だと言う事らしいが、何の為に作られたかは聞いたことがない。

「全てはその邪神の封印の為にあった。――――今から大凡一億二千年前、リレイアを始めとする多くの古代都市の前に突如として邪神ドレッドが現れた。それからドレッド軍と古代都市の軍隊が一千年程戦ったが、戦局はドレッド軍が有利だった」

「成る程、そこで古代都市軍は10の最終兵器を作り出し、ドレッドの封印に成功したわけだな。そして最終兵器はそのまま邪神復活の鍵になったわけだ」

「そう、最終兵器は今後に起こるであろう戦争も予想して兵器として作られたが、その最大の利用目的は邪神ドレッドの封印にあった。ウォルゲムは偶然でそれを知り、更にイシュのメンバーとして活動していた俺に最終兵器を盗ませ、そして古代の科学技術も盗ませた。――――しかし、此処で思わぬ誤算が起きた」

 此処でエリックの脳裏には一人の元気な老人の姿が過ぎった。

「ニック、か」

「やはり彼が君にランスを渡したのか。――――そう、その通り。ニックがランスとサイズの二つの強奪に邪魔をして、奪えなかったんだ。邪神復活には封印した10の最終兵器、そして人類と言う名の生贄が必要だからね」

 今、最後のほうにトンでもない単語が出てきたような気がする。

「……で、その人類の生贄とか言うのはどうやって行うつもりだ?」

「俺がリレイアに送り込まれた最大の理由は其処にあった。彼らの技術を使えば人を操るなんて造作もない。……だから俺はその技術を盗み出し、人を思いのままに操る粉を作り出した。麻薬の様な物だと考えてくれても良い」

 そこで再びエリックの脳裏にはある物が浮かんだ。オーストラリアで盗み、今でもニックが調査中の宝石『エリシオンの涙』である。
 確か、あの中には麻薬と言えるけど麻薬じゃ無いような物が存在しているとニックは言ってきた。恐らく、あれがそうなのだろう。

「……既に世界各国に配置済みだ。ウォルゲムが指示すれば一瞬で俺の薬が地球を覆い、半年もしないウチに人類は邪神復活の為の生贄人形と化すだろう」

 それならば、とエリックは言い出す。

「何でそれを今しねぇんだ?」

 確かにその通り。それを行えば宇宙人を呼び寄せてしまった自分も消え、一石二鳥のはずである。

「それがね。生贄の数は地球の人間だけじゃ足りないんだよ。……だから襲撃してきた宇宙人達も生贄としてウォルゲムは数える気でいる。だから実行はもう少し後になるだろう」

 それは詰まり、宇宙人と戦うつもりで居ると言う事だろう。
 それでノモアがディーゼル・ドラグーンを始めとした兵器を作り、そしてその性能を試す為に様々な街が犠牲になったわけである。詰まり、街を破壊したのは完全なランダムで、理由なんて無いのだ。テストケースにしてはいい迷惑を通り越している。

「……んで、その問題の宇宙人は何時やってきやがる?」

 これが一番の問題だ。それにノモアは静かに答える。

「一週間後、日本の京都に偵察隊が現れる」

「一週間!? それしかねぇのか!?」

 あまりも意外な期間に思わず二人は叫びを上げる。

「そう、一週間―――――」

 ノモアが其処まで言ったと同時、彼の横たわるベッドから突然白の槍が突き出した。それは一瞬でノモアの心臓を貫き、彼を殺していた。串刺しとはこの事である。

「――――!!?」

 余りの事態にエリックと狂夜は思わず呆然としてしまっていたが、すぐに我に帰ってからその白い槍を調べ始める。ちゃんと周囲に気をつけながらノモアの死亡を確認した彼らは、そのままこんこん、と突き出ている白い槍を叩いてみる。

「かってぇな………これ、地面の下から生えてるのか?」

 こんな恐ろしい現象を二人は始めて見たのだが、逆にいえばこんな恐ろしい事を起こせる兵器は一つしかない。最終兵器だ。

「でも、イシュがノモアを殺したのかな?」

「多分、な。この部屋が監視されていて、これ以上余計な事を俺達に喋る前に殺したんだろうよ。俺達を殺さなかった理由は、多分最終兵器の持ち主だからだ」

「邪神ドレッドの復活………」

 大体の事情は把握した。

 だが、邪神復活を果たした後に宇宙人を倒すのはいいが、その後生贄として人類は消えてしまう。その後の世界をどうしようというのだろうか。
 分らない事は幾つがあるが、それでも此処に来てよかったと思う。

 イシュはイシュなりのやり方で事態を収めようとしているのだろうが、エリックはやり方が気に入らない。
 
 そして決意した。

 自分が呼び出してしまった宇宙人を自分が片付ける、と。

「見てやがれイシュ、そして宇宙人! 俺が必ず邪神復活計画ごとてめぇらをぶっ潰してやる!」





 病院から離れた木の上で、一人の青年が面倒臭そうに溜息をつく。その特徴的な白髪はまるで骨のようである。雪の様な白はキレイな印象を持たせるが、彼の白はどちらかと言うと骨の様な灰色の印象を受ける白だ。

「ククク……! おもしれぇじゃねぇか。邪神復活計画ごと、か」

 不気味に笑いながら青年は木から下りる。素早い身のこなしで降りていくその姿はまるで猿の様だ。

「なら、俺『達』はお前等の戦いに決着がつくまで待機、か。ツマラネェが、それもまた運命」

 そう言うと男は霧のようにその場から消え去った。


 続く


 次回予告


マーティオ「よぉ、マーティオ・S・ベルセリオンだ。京都ではサイズ奪還とあの猛へ大リベンジをするために俺様とネオンが行くが、奴等妙な人型ロボを出してきやがった。此処は信也殿を始めとした忍者の皆さんにも手伝ってもらうっきゃねーな。そして俺様のレベル4って一体どんなのなんだ? 個人的にちょいと嫌な予感がしない事も無いが、猛の奴だってレベル4を使ってくるんだ。贅沢は言っていられないぜ。

次回『月の狂戦士』。屈辱は一千兆倍にして返す!」

ネオン「………お楽しみに~」

棗「あんたあくまでマイペースねぇ(汗」





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